米国リポート (2000年8月)

 セクシュアル・ハラスメント(2)

見出し

前号では後のセクシュアル・ハラスメント訴訟に大きな影響を与えた『ハリス対フォークリフト訴訟』とセクシュアル・ハラスメントの定義について説明しました。今回は全米で大きく取り上げられたその他の訴訟と企業や団体が実施しているセクシュアル・ハラスメント対応策について述べましょう。

本文

大きく取り上げられた訴訟

1.フォード自動車

米自動車大手フォード自動車と米雇用機会均等委員会(EEOC)は、1999年9月、同社イリノイ州シカゴ工場の女性従業員が性的及び人種的ハラスメントを受けたとして訴えていた問題で、同社が7百50万ドル(約8億円)の和解基金を設け、被害を受けた女性への和解金を同基金から支払うことで合意しました。 合意事項には、和解金の支払いの他、@和解基金が余った場合、慈善事業に寄付するA社外の3人による監視小委員会を設置するBハラスメントに対する「ゼロ・トレランス(許容度ゼロ)」の環境を実現するため新たな方針や手続き、訓練など職場改善策を実施する、ことなどが盛り込まれています。

2.米国三菱自動車

  1998年6月、米国三菱自動車のセクシュアル・ハラスメント訴訟が提訴から4年2ヶ月ぶりに和解しました。米雇用機会均等委員会(EEOC)が「深刻なハラスメントが繰り返し行われている」として三菱自を提訴したいたものです。 被害者は数百人に上ると見られ「過去最大のセクシュアル・ハラスメント訴訟」として注目を集めました。全米で三菱自動車不買運動まで巻き起こしたこの訴訟は、経営幹部のセクシュアル・ハラスメントに対する認識の甘さ、提訴後の対応の不手際など、海外に進出している日本企業に多くの課題を突き付けました。 三菱自は当初、訴えを全面否定、更に、提訴した米雇用機会均等委員会(EEOC)に反発し、従業員2,700人がEEOCシカゴ支部前で開いた抗議集会のためにバスと昼食を用意し、当日の給料を支払ったことで「被害者への配慮に欠ける」としてメディアに徹底的にたたかれました。 その後東京本社からの要請もあり、全面否定から「改善の余地もある。和解も含めた早期解決を目指す」と態度を一変させたことも、かえって三菱自に対する不信感を増幅させました。今回の和解で被害女性350人に支払われる和解金額は3千4百万ドル(約37億円)です。

3.生徒間のセクシュアル・ハラスメント

   米国最高裁は1999年9月クラスメートからハラスメントを受け続けた小学生の親が学校を相手取って起こした損害賠償責任訴訟の判決で、「学校関係者にはハラスメント行為を止めさせる責任がある」とする初の判断をしました。 訴えていたのはジョージア州に住むデービスさん。 訴状によるとデービスさんの娘は7年前の小学校5年生当時、クラスメートの男子から5ヶ月間、体を触られるなどした。 デービスさんは学校側に善処をもとめたが、教師と校長が何ら対応しなかったため、学校現場での性差別禁止を盛り込んだ連邦法に違反するとの主張で50万ドル(約5,400万円)の損害賠償を請求しました。 連邦高裁は同法を生徒間のハラスメント行為に適用することはできないとして、原告の主張を退けましたが、最高裁はその判決を覆し、生徒間のハラスメントに対し、学校に監督責任があるという判断を下しました。

  前述の@とAは被害者の数と賠償支払金額の高さにおいて、Bは学校現場における生徒間のハラスメントで学校側の監督責任を問われたという点、そして生徒の年齢(10歳)の低さのために大きく話題となりました。 昨年、日本の大学教授に性的嫌がらせを受け人権を侵害されたとして、損害賠償を求める訴訟を起こし、裁判で教授は700万円の支払いを命じられた(『北米毎日新聞』99年6月4日より)という事件がありましたが、女性の年齢は20代ですから。 10歳同士のセクシュアル・ハラスメントというのは勿論米国でも驚くべき事例です。  

  デミ・ムーアとマイケル・ダグラス主演の映画『ディスクロージャー』(原作:マイケル・クリッチトン)のように男性が被害者となる場合があります。 例えば、「グルティエレ対カリフォルニア・アクリル・工業」(1993)では、男性マネジャーに対し6年間性的嫌がらせをした女性上司に100万ドルの支払うよう判決が下りました。 余談ですが、米国人の友人達は、"デミ・ムーアの誘惑を拒否できるような非現実的な男性がこの世に存在するはずはない"といった茶化した映画評をしていました。 さらに、男性による男性への、女性による女性への、同僚や顧客や役員による社員への、取引会社(例えば、印刷会社、展示会担当者等)による社員への、セクシュアル・ハラスメントと被害の種類も時代と共に多様化しています。
  
セクシュアル・ハラスメントに対する対応

もし、これまで一度もセクシュアル・ハラスメントに関する問題で悩まされたことがないとしたら、それは、ただ、今までのところ苦情の申し立てを受けていないだけのことで、事件は進行中であるかもしれません。 しかし、多くの企業がセクシュアル・ハラスメント対応を怠っているようです。 訴訟を起こされた場合、企業や団体の被る損害は支払い賠償金だけではなく組織の評判や信用といったより多額の無形資産であるのに、です。

適切な対応策を作成し、社内トレーニングによって、「その1」で述べたような『対価』や『敵対的な環境』の発生を防ぐことは可能です。 雇用主が早いうちにハラスメントを認識すれば、それを止めることができるのです。 

米雇用機会均等委員会(EEOC)は基本対策として次のような項目を挙げています。

第一ステップとして:

● セクシュアル・ハラスメントと見なされる行為を、社内告示やセミナーによって経営者や社員全員に認識させる
● ハラスメントのうわさや疑いがある場合、報告、調査する
● 発生した場合の対応処理方法を書面で定める

注意事項として:

● 苦情やうわさは極秘で処理する
● 早急に対応する
● 報告することによって仕返しをしたりしないように管理する

米国ではブローカー、リスクマネジメント会社、コンサルタント会社が企業や団体のためにセクシュアル・ハラスメント防止のトレーニングやセミナーを行っています。

セクシュアル・ハラスメントによる損害を担保する保険

  セクシュアル・ハラスメントに起因して発生する損害賠償責任を担保する保険も作られています。 Employment Practices Liability Insurance(雇用慣行賠償責任保険)です。  この保険で担保される危険は(1)差別(2)セクシュアル・ハラスメント(3)不当解雇、によって企業や団体が負う賠償責任です。(1)の差別とは、人種、性、信条、宗教、身体傷害、妊娠、年齢、性に対する嗜好(ゲイ、レスビアンである)などを理由に、雇用しなかった(面接したが採用しなかった)、解雇した、昇進させなかった、名誉毀損された、場合です。 エイズウィルス(HIV)感染を理由に解雇したのは不当として日系ブラジル人が化学メーカーと感染情報を会社に伝えた病院を相手取り、解雇処分の無効確認と2千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が今年6月千葉地裁で行われました(「北米毎日」6月13日)裁判では「特段の必要なないのに従業員のHIV抗体検査を行うのはプライバシーの侵害」などとして同社と病院に支払いが命じられました。 これなどもこの保険の対象に入るでしょう。

(3)の不当解雇とは、(1)で述べた差別や雇用契約に違反して従業員を解雇した場合です。

(2)のセクシュアル・ハラスメントは雇用に関する条件(昇進など)を代償とした性的行為の要求(対価)、又は、従業員の日々の業務に影響を与えたり、辞職に追い込むほどに性的嫌がらせをした(敵対的な環境)場合に適用されます。

 Prior Act(保険始期前に発生した損害)も担保されます。 この特約が重要であるのは、不当解雇やセクシュアル・ハラスメントといった"事件"のほとんどが保険を付保する前に起こっているという事実です。 保険始期には不明であった、少なくとも雇用主は知らなかった"事件"をカバーするという点が大事なのです。

  担保されるのは、法人、役員/取締役、中間管理職、一般従業員、株主です。カバーされるのは訴訟を起こされた場合の防御費用と賠償金額です。

  この保険の付保にあたり、保険会社やブローカーが企業や団体に提供しているリスクマネジメント幾つか挙げましょう:

● すべての役職について職務内容を詳細に記したものを用意する。各役職には必ず"責任""適格性""要件"を含める
● 面接において不適切な質問や質問方法を行わないこと
● 採用された従業員には雇用契約書の署名を求める
● 従業員ハンドブックによって差別やセクシュアル・ハラスメントに関する社員の認識を高める

などです。

* * *

  組織内の不当な雇用慣行は、敵対的な職場環境を発生させ、優秀な人材を失い、生産性に影響を与えます。 適切なリスクマネジメントによってそれらを制御できるということを雇用主や経営者が理解することを願ってやみません。

以上

(全日本生命保険外務員協会機関誌『PRITI』2000年7月及び8月号に掲載)











 

SGN Pacific Insurance Brokerage, Inc.
3146 Oak Road, Suite #403
Walnut Creek, CA 94597
info@sgnpacific.com
Tel & Fax: 925.932.4088

Copyrights reserved by SGN Pacific Insurance Brokerage, Inc.
web site created by EX COMPUTER