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サープラス・ライン
先月、日経新聞に東京海上ホールディングスによるNASインシュアランス・サービスへの出
資記事が掲載されていた。そのNAS社を「代理店」と訳していたので驚いた。NASインシュア
ランス・サービスはサープラス・ライン・ブローカー、即ち、卸売りブローカーである。この
「卸売り」を代理店の前に付けると付けないのでは意味が異なる。「代理店」と聞くと、消費
者に直接保険を販売するあの日本の保険代理店を想像するだろう。しかし、サープラス・ライ
ン・ブローカーの業務は保険会社のそれに近い。実際、米国の保険商品情報誌には、保険会社
と並び、多くのサープラス・ライン・ブローカーが「商品提供者」として名前を連ねている。
サープラス・ラインは、米国保険市場の多様性、柔軟性を象徴していると言えるだろう。
サープラス・ラインとは
米国では保険は州政府の規制下にあり、営業しようとする保険会社は当該州の事業認可を取
得しなければならない。が、認可を取得することなく保険を販売している保険会社がある。非
認可(Non-admitted)保険会社である。非認可という言葉の響きが良くないので「サープラ
ス(過剰又は余剰)・ライン保険会社」という名称が使われるようになった。彼らは認可保険
会社のキャパシティイー(引受能力)を補う役目を果たしている。
認可保険会社とは保険契約者が居住する州で認可を受けた保険会社である。一方、非認可保
険会社とは保険契約者が居住する州で免許を取得していない会社である。ここで注意していた
だきたいのは「保険契約者が居住する州」で営業免許を取得しているか否かが区別の基準にな
る点である。例えば、カリフォルニア州に居住する保険契約者にとって、同州の事業認可を有
していない保険会社は非認可保険会社(サープラス・ライン保険会社)ということである。
サープラス・ライン保険会社誕生のきっかけは1800年代にさかのぼる。当時は保険法が制定
されておらず東部の幾つかの州で会社法に準じて(認可法でなく)保険会社が設立されていた。
保険会社の規模は小さく、支払準備金は十分でなかった。シカゴ(1871年)やボストン
(1872年)で大火災が発生した時、保険金の支払ができず倒産する会社が多く現れた。その
結果、消費者は引受会社を見つけることさえ困難となり、他州に設立されている保険会社から
保険を購入し始めた。これがサープラス・ライン保険会社の始まりである。州法が整備された
現在も、サープラス・ライン保険会社の役目は1800年代と同じ、即ち、州内で営業認可を取得
している保険会社のキャパシティー(引受許容能力)を補うことである。サープラス・ライン
保険会社は、例えば地震やハリケーンなどの巨大災害や、特殊なリスク、例えば人工衛星の損
害危険に対応している。
認可を取得しないといえども、規制を受けないということではない。殆どの州がサープラス・
ライン保険会社の事業内容と財務に関する規制を定めている。サープラス・ライン保険会社が
一般の認可保険会社と異なるのは、州による料率算出規制を受けず、強制の保険プールに参加
する必要が無い点である。又、税金や年次報告書の提出義務も認可保険会社のそれとは大きく
異なっている。
更にサープラス・ライン事業を規制する重要な点は次である:
• 州免許を取得している特殊なブローカー「サープラス・ライン・ブローカー」を通じて
のみ、取引することができる。
• 認可保険会社が引受けないリスクにおいてのみサープラス・ライン保険会社が利用され
る。即ち、消費者はサープラス・ライン保険会社から保険を購入する前に(通常、小売
エージェントやブローカーを通じて購入する)、「認可保険会社が引受けを拒否した
(高リスク、高限度額等を理由として)」ことを証明する書類を州保険庁に提出しな
ければならない。
サープラス・ライン保険会社と取引できるのがサープラス・ライン・ブローカーである。カリ
フォルニア州の場合、サープラス・ライン・ブローカーとしての別の免許試験はなく、小売の
エージェントやブローカーと同様の免許を有する。但し、州への登録費用は小売エージェント
やブローカーのそれよりも高い。サープラス・ライン・ブローカーは、保険会社からアンダー
ライティング業務を請け負っている。通常、消費者に保険を直接販売しない。
記事を書く際、できるだけ日本語に訳すよう務めている。しかし、日本に存在しない業種や
機能については、英語をそのままカタカナに換えて書く。無理に日本語を充てると、正しく理
解されないのではないか、と思うからだ。
「もう少し調べて書けよ、日経!」と言いたいところですが、筆者自身への教訓です。
(インスウォッチ、2014年3月掲載)