● 56歳から17歳への継承

創業1899年のロートン保険エージェンシーは、ケンタッキー州西部の炭鉱の町、セントラル・シティ（人口5,800人）にある。社長グリーンウッド氏は四代目（三代目社長の娘の夫）である。グリーンウッド氏（当時56歳）は引退を考えていたが継承者がいなかった。都会で生活する子供や義理の息子は、セントラル・シティの田舎に戻りエージェンシーを継承したがらなかった。

大手エージェンシーから買収の申し出があったが断った。大手チェーンの一部になってしまうと、100年以上続いた、地元住民への親身なサービス提供は不可能になるだろう。地元の誰かに経営を引き継いでもらいたかった。90年代後半にIIABA全米会長を務めたグリーンウッド氏は、ヤングエージェント委員会やインベスト活動（高校や市立大学で生徒に保険業を講義）に積極的に関わったが、氏自身の会社を引き継ぐ若者を見つけることができないでいた。しかし、2001年、クリスマス・パーティでロス・リッチー君（高校生17歳）に出会った。グリーンウッド氏は11年前を思い出しながら言う：

「私は彼の人格と能力の高さに感銘しました。17歳ながら “大人”の知性があり、ユーモアがあります。私はユーモアのある人が好きです」

リッチー君は、翌年の夏、氏の申し出を受けて、同社で働いた。その年の秋、リッチー君はウェスタン・ケンタッキー大学に入学、ビジネスの勉強をしながら、ロートン保険でパートタイムで働いた。グリーンウッド氏は、リッチー君に保険会社のセミナーやIIABAの集まりに参加させた。保険の実務を学び、業界人に接することができるように、と。06年の大学卒業と同時に、ロートン保険に入社した。リッチー君は、すぐに認証保険アドバイザー（AAI)の資格と、認証労災保険士（CWCP)の資格を取得した。

ただリッチー君にロートン保険を継承させるについては問題が残っていた。法律上、会計上、税法上、実務上、三者（グリーンウッド氏、三代目社長ボブ・ロートン氏89歳、リッチー君）にとって満足のいく売買契約を作らねばならなかった。そこで、コンサルティング会社に、買取資金や買取期間について相談し、同社の評価額を算出してもらった。その結果、売買契約の有効期間は10年と設定された。買収費用についてはグリーンウッド氏が資金提供を行うことになった。更に、グリーンウッド氏とロートン氏が、当分、同社のコンサルタントとして働くことを決めた。

現在、28歳のリッチー氏は、テクノロジーを活用し、顧客サービスの改善を進めている。ウェブサイトも新しいものに変えた。同社が得意とするホテル/モーテルの保険や農産物保険については、ミューレンバーグ郡（セントラル・シティが属する）に限らず、市場拡大を目指している。リッチー氏は言う：

「ロートン保険のブランドに誇りを持っています。このブランドを維持しますが、しかし、最新技術を採用しなければなりません。私の役割は若者を雇い入れ、会社を活性化することです。毎日が挑戦です。新しい状況、例えば、予想もできなかったようなクレームやオーナーとしての責任を日々経験しています。面白いです。やる気がでます」

従業員数12人のロートン保険の一人当たり収入は1千2百万円である。人口5,800人の田舎町でこの生産性の高さは素晴らしい。

それにしてもこのような話を聞くと日本との違いを思わずにはいられない。

日本で、御年56歳の経営者が、17歳の高校生に“知性やユーモアを見つけ”将来を期待するという精神的余裕を持ち得るか？

二十代の始め、ニューヨークに住む機会があった。その時に出会った人たち‐17歳から20歳‐は、働きながら、市立大学で4単位程度の授業を受けていた。色々な分野の講義を試し、自身の好みや適正が分かったら、総合大学で専門分野の勉強したいと語った。それを聞いた私は「余裕のある国だなあ」と驚き、感心した。37年前のことである。

高校、大学、そして就職と、周りの流れのままに、進学し、就職した。金銭的に余裕がないという事情もあったが、むしろ、精神的な余裕がなかった。ただ、周りも大体そんなものであったし、私自身は試験勉強をそれほど厭うことなく、プレッシャーを感じていたとは思っていなかった。しかし、他国の、18歳の、余裕のある将来の選択方法を知るまでは。

四代続いたエージェンシーが、ついに、家族経営から飛躍できたのは、グリーンウッド氏（56歳）とリッチー君（17歳）の出会いがあったからである。余裕のある社会であればこそ。

（インスウォッチ、2012年11月掲載）