● わが道をいく勇気

ニッチ・ビジネスを見つけ、その分野の専門家になることの重要さを改めて認識した。不景気のこの時代に、年間二桁の増収を達成しているソドバーグ保険がある。マサチューセッツ州の北部海岸地域の小都市リンフィールドに拠点をおく。社長はケイトリン・ソドバーグ氏。両親が設立したエージェンシーを、現在、娘である彼女が引き継いでいる。従業員数7人の小規模エージェンシーであるが、一人当たり手数料収入は2千万円と高い。実は、同社は、ヒスパニック系アメリカ人というニッチをターゲットにしているのである。

ソドバーグ保険が事務所を置くリンフィールド市は、ボストンとニューハンプシャー州境の中間にあり、1万7千人の中所得者者層が住む。この市は、ボストン地域で働く専門職業従事者が多く住んでいる。住宅価格や所得は他の都市よりも比較的高く、失業率も低い。住民は大抵住宅を所有し、大学教育を受け、科学やテクノロジーの技術者であったり、または製造業や建設業、金融業で働く人々である。サンフランシスコやニューヨークとは違い、リンフィールド市は様々な人種が住んでいる都市ではない。最新の国勢調査によると、同市の人口の白人以外の人種は全体の6％以下である。ヒスパニック系アメリカ人は2％にも満たない。しかし、20年前、両親のエージェンシーを引き継いで間もないケイトリンは、ニッチ市場を探しており、ヒスパニック系アメリカ人の経営する店舗や住宅や自動車保険に目を向けた。

マサチューセッツ州北東部で、ヒスパニック系アメリカ人をターゲットにしようと考えた人はそれまでいなかった。ヒスパニック系アメリカ人の人口は少なく、保険会社が積極的に引受けを望む市場ではなかったからだ。保険会社は低所得者層居住地区や、リスクの高い業種は受けたがらない。従って、ケイトリンがヒスパニック系アメリカ人を対象に保険を販売することを決めた時、委託契約を締結している保険会社の多くがその決定をサポートしなかった。実際、いくつかの保険会社のマーケティング責任者は、婉曲に、反対した。しかし、同地域に移り住み食料雑貨店やレストランを経営する彼らは保険を必要としていた。

ケイトリンが同市場に進出することを決めたもう一つの理由は、彼らの言語が好きであり、その文化を尊敬していたことである。学生時代にはメキシコに留学し、スペインのマドリッドにも1年間暮らした。スペイン語の修士学位を持つケイトリンにとって、新しいニッチを探した時、ヒスパニック系アメリカ人市場を選んだのは自然なことであった。

米国に移り住んで店舗を経営するようなヒスパニック系アメリカ人は、勿論、英語を話すことができる。しかし、難しいテーマ、例えば、賠償責任保険について説明される時は、スペイン語での方が彼らはよりリラックスするとのことである。

他のエージェンシーから見過ごされた市場を扱うことで成功したエージェンシーにニュージャージー州のボりンジャー保険がある。1933年にチャールズ・ボリンジャー氏によって設立された。1942年には弟が入社し、1946年には学生とスポーツ選手を対象に傷害保険を販売し始めた。1963年、弟の義理息子が入社した当時の従業員数は7人、手数料収入は＄200,000（2千万円）であった。2013年の現在、スタッフ数は500人、手数料収入は130億円である。今でこそ、企業損害保険、従業員福利厚生給付プラン、リスクマネジメント・サービスも提供しているが、同社の強みはなんと言っても学生やアマチュア・スポーツ選手の傷害保険である。

1940年代から70年代にかけて、米国のエージェンシーの大部分が自動車保険の販売に懸命であった。懸命というよりも、むしろ、たいしたマーケティング努力なしに自動車保険が売れたのである。当時は全米にハイウェイが建設されつつあり、車の購入者は増大していた。自動車保険を必要とする人口は増えていた。しかし、そのような時代に、ボリンジャー社は‘容易に’販売できる自動車保険は扱わず、スポーツ傷害保険、それも学生やアマチュア・スポーツ選手の傷害保険を扱った‐これを勇気と言わずして。

保険会社の助言にそむいて選んだニッチマーケットで業績を上げているケイトリン曰く、自身の直感に従うことが大切です、と。その直感を支えたのは、社会や時代を読む彼女の能力であろう。スペイン語やその文化が好きであることも幸いしている。チャールズ・ボリンジャー氏が傷害保険に目を向けた理由は知らないが、結構、偏屈な人であったのではないか？

ただ、ケイトリン・ソドバーグ氏もチャールズ・ボリンジャー氏も、“わが道を行く”勇気のある人であることは間違いない。

（インスウォッチ、2013年5月掲載）