米国リポート (2002年2月)

 9.11テロリスト攻撃の生保業界への影響

9月11日のテロリスト攻撃後、保険業界に大きな衝撃を与えました。 攻撃を受けた世界貿易センターには多くの保険会社やブローカーのオフィスがありました。 保険業界の人々はショックと悲しみの中で、しかし、保険会社としての責任である顧客対応に取りかかりました。 彼等は保険契約者に対する支払いの確約と莫大な金額の寄付を申し出ました。

事件後、保険会社は‘戦争危険免責’や‘テロリスト危険免責’を理由に支払いを行わないのではないかというメディアによる推察が為される前に、翌日12日のTVでは、「保険約款では、テロリストによる損害を免責とはしていません。相応の保険を付帯している人は保険金が支払われます」というテロップが何度も流れました。 それは生損両業界団体による共同声明でした。 実際、生命保険、個人自動車保険やホームオーナーズ保険約款では、「戦争、内乱、革命、暴動による損害」は免責とされていますが、テロリストという用語は含まれていません。 但し、企業損害保険 − 例えば、一般賠償責任や労災保険 − では、保険会社によっては、テロリストによる損害を免責としているものがありますが。  

個々の保険会社も直ぐに対応しました。 例えば、ニューヨーク・ライフは次のような声明を出しました。

“当社は確かな財務力を基盤にし、人間性を重んじ、誠実なサービスを行うことを目標にしております...我々は、保険会社としての義務を果たすことを第一に考え、被害に遭われた契約者とその家族に遺憾の意を表すると共に、迅速な保険金支払いを致します”¹

この事件の同社の保険金支払い総額は5千万ドルから7千5百万ドル(60億円から90億円)で、同社の財務力に何ら影響を及ぼすものではない、と社長/CEOのスタンバーグ氏は語っています。¹

また、ノースウェスタン生命保険相互会社の声明は:

“同社の生命保険約款にはテロリズム免責条項も戦争免責条項も含まれておりません。 但し、所得補償保険には戦争免責条項が含まれています。 事件はテロリズムによる行為であり戦争ではありません。 従って、被害を受けた同社の契約者はすべて保険金が支払われます”

というものでした。 

予想損害額

インシュアランス・ジャーナル10月5日付けのオンライン・ニュースによるとテロリスト攻撃のニューヨーク市の経済に与える損害額は1千50億ドル(12兆円超)に上るということです。 この数字には2003年会計年度までのニューヨーク市が受ける損害額が含まれています。 即ち、現段階までに受けた損失(財物及び人身損失含)450億ドルと、今後2年間の予想喪失損害額450億ドル〜600億ドルを合計した金額です。 予想損害額には、例えば、ビジネス活動が中断されたことによる収益損失や喪失税収額などが含まれています。 

生命保険においての支払い総額は20億ドルから50億ドル(2千400億円〜6千億円)と見積もられています。この金額は生保業界全体の資本金総額2千億ドルの5%以下であり、大手生命保険会社の財務に大きな影響を与えることはない、ことを業界紙ナショナル・アンダーライターは伝えています。 生命保険会社は一般的にリスクの分散、十分な準備金、そして再保険を手配することにより、今回のような巨大損害に耐えうるだけの財務の堅固さと柔軟性を持ちあわせています。 しかし、破壊された貿易センタービル内にオフィスがあった企業の団体生命保険を引受けていた小規模の生命保険会社の中には、格付けが大幅に低下する可能性があるということです。

影響

今回の事件によって発動する契約の種類は、個人生命保険と団体生命保険を除くと、従業員福利厚生プランに含まれる長期所得補償、医療、災害死亡、高度障害などです。 ちなみに、医療保険、労災保険、失業保険による支払い総額は50億ドルと見積もられています。 

生命保険や医療保険の保険金支払いに加え、景気減速、投資収益の減額、株式市場の悪化により業界は大きな痛手を受けるでしょう。 特に、株式市場の悪化は生命保険会社の投資収益を脅かし、更に、エクイティー商品(注1)の売行きに影響を与えるかも知れません。

財務の安定と資金の増大を求める生命保険会社間の合併も増加すると考えられます。 同時に、生命保険、所得補償保険、及び、災害死亡保険(日本の傷害保険に相当)の需要が大幅に高まることも予想されます、

様々な業界団体の対応

多くの保険会社が、新聞やTVやインターネットを通じ、被害者に対する哀悼の辞を伝え、可能な限り訴訟を避け、早急な支払いを行うという意向を伝えました。幾つか紹介しましょう。

(1)全米保険及びファイナンシャル・アドバイザー協会
(National Association of Insurance and Financial Advisors; NAIFA)(以下、“NAIFA”と標記する)

事件当日NAIFAは、ソルトレーク市で年次大会の開催しているところでした。 最初のニュースが流された時、出席者は朝食の時間でした。 参加者は、総会会場に集まり急遽備え付けられた二台のTVの前にくぎ付けとなり、大会は一瞬にしてショックと悲しみに包まれました。 ニューヨークからの大会参加者数は68名でした。 又、会員名簿によると世界貿易センターにオフィスを置いている会員アドバイザーは33名でした。 直ぐにそれぞれに電話で連絡しましたが、話中か或いは接続が切れた状態であったようです。 年次大会は同日緊急中止され、2,500人の参加者は契約者への対応にあたるべくそれぞれの本拠地に戻りました。 また、ソルトレーク市のモルモン教会ではその日開催される予定であったコンサートはメモリアル・サービスに変更されたということです。 

同社のウェブサイトには次のような声明が掲載されていました:

“NAIFAはアメリカ保険会社評議会(ACLI)やアメリカ独立エージェント協会(IIAA)と共同で被害者や地域や全国メディアに対し情報を提供します。 更に、保険情報研究所(Insurance Information Institute; III)をリーダーとし我々業界連合体は、「災害保険情報オフィス(Disaster Insurance Information Office; DIIO)」を結成しました。 災害保険情報オフィスの役割は、@業界の共同声明の作成、A事件から引起こされる問題の確認と調査、Bメディアに対し、業界の対応についての情報提供、Cニューヨーク市の主要消費者団体を通じ、公共とのコミュニケーションの維持、Dニューヨーク州保険庁やその他の政府当局への協力” 

“災害保険情報オフィス(DIIO)は保険情報研究所に本拠地を置きます。保険情報研究所は現場(襲撃された貿易センタービルがあった場所)から3ブロックの距離にあります。 保険情報研究所は過去 − 例えば、1992年のハリケーン・アンドリュー被害や1994年のロス地震の際 − にも同様の緊急情報施設を設置し、同様の対応にあたりました” 

更に、NAIFAではアメリカ生命保険会社評議会(ACLI)と共同で、被害者に対する弔慰状と保険金支払いに関する責任声明をNYタイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン、ポスト等に掲載しました。 声明には、通常の支払い手続き短縮の為、死亡証明書の提出無しで保険金の支払いを行う旨が含まれています。

(2)アメリカ生命保険会社評議会
(American Council of Life Insurers: ACLI)

アメリカ生命保険会社評議会は、米国の代表的な生命保険会社団体です。 ACLIは事件後直ちに消費者に向けての質問/回答のページを掲載しました。 Q&A(質問と回答)の形式で表示されていました²:

戦争免責・テロリズム免責が適用されるのでしょうか?

今回の事件において“戦争免責”を適用するという生命保険会社はいないでしょう。 生命保険会社は契約条項に基づき被害者の家族に対して早急な支払いを行うはずです。 1970年代、ベトナム戦争の終結に伴い、殆どの生命保険会社が“戦争免責”条項を取り除きました。 ちなみに、業界の参考書「生命及び医療保険」(K.ブラック、H.スキッパー共著)には、 “保険会社は、戦争時に徴兵年令にある契約者に対してのみ、戦争免責特約を追加する”と説明されています。 一方、“テロリズム免責”は生命保険には一般的に含まれていないはずです。但し、テロリストによる攻撃の可能性があると考えられる地域への旅行を頻繁に行う個人に“テロリズム免責”が追加される場合があります。

今後の引受け基準や料率の変更に影響はあるのでしょうか?

殆どの保険会社が支払いに耐え得るだけの財務上の安定さを維持しており、更に、リスクの分担が十分に行われている(再保険の利用により)ので、支払い不能となる保険会社はないでしょう。 保険会社の今後の販売戦略 − 例えば、同一高層ビル内の企業団体保険を引受ける際の取決め − に変更があることは考えられますが、生命保険は競争激化の只中にあり料率引上げの可能性は考えられません。

その他、保険会社のリスト、保険金の受取り方についてはそれぞれ、生命保険、長期所得補償、社会補償、労災保険別に詳細な説明が掲載されています。

(3)リムラ 

生保業界の主要な調査研究所であるリムラでは、事件後、被害者や地域住民に対する保険会社の対応について実態調査を行いました。 多くの保険会社にとって他社の対応は今後の参考となるからです。 各社の対応は次のようなものでした:

広報について
○ 自社サイトだけでなく生保エージェント/アドバイザーのウェブサイトにも弔慰状を掲載している
○ 保険契約者に情報を提供している。 情報には、自社の財務力は安定していること、保険金支払い予想金額、株式市場は安定していること、等が含まれている
○ 保険料支払いの遅延を認める旨を報じた; 事件後、一時交通や通信機能が停止した為、多くの業界が郵便の遅延や欠席を許容した
○ 顧客担当者のトレーニングを実施した。特に、ニューヨーク地域からの顧客対応の際の注意事項を徹底した

クレーム対応について
○ 保険金支払いの為に現地に緊急オフィスを設置した
○ 保険金支払いの条件を緩和した;正式な死亡証明書の提出を省く
○ 顧客対応担当者数を増加した
○ “戦争免責”条項に関する詳細な法律上の効力について議論しない; 今回のテロリストの攻撃による被害者全員に支払いを行う

その他
○ 災害救助基金やその他の基金 − 例えば、ユナイテッド・ウェイや赤十字 −に寄付を行い、従業員にも寄付を奨励した
○ 自社施設の安全性の強化
○ 災害対応及び危機管理プランの見直しを行った
○ テロリストへの報復プランが明確になった後も、軍人への生命保険契約の販売を推進する

などです。

影響と対応の個々の保険会社にみる

世界貿易センターにオフィスのあったメッツライフは損害を受けながら、それでもすぐにフリーダイヤルを設置し、被害届けの受け付けを始めました。 同社の被害総額は2億5千万ドルから3億ドル(3百億円から360億円)と予想されています。 フィネックス保険会社は、クレーム支払いについては、死亡証明書の提出を義務付けず、他の身分証明書の代用を認める旨を伝えました。 貿易センタービルにオフィスを構えていた企業の団体保険を引受けていたエトナ生命保険会社は、既に被害企業の確認を終え、生命保険、長期所得補償、災害死亡保険金の支払い業務を進めています。 一方、シグナ生命保険会社は、被害者への保険金支払いを迅速に進めています。同保険会社はマンハッタンに緊急のオフィスを設置し、死亡または被害を受けた従業員に替わってクレーム申請を行う雇用主の対応にあたっています。シグナはハイジャックされ貿易センタービルとペンタゴンに激突したユナイテッド航空とアメリカン航空の団体生命保険を引受けていました。 

生命保険の再保険市場の料率上昇が予想されています。特に最近は再保険会社への出再が増加していたところであり、再保険会社の受けた損害は莫大です。 リンカーン再保険会社では支払い総額の算出には数ヶ月を要するであろうとベスト・レビューのインタビューで答えています。 スイス再保険会社は、支払い額が巨大であると答えつつ、事件によって財務上不安定になるかという質問に対しては明確に否定しました。

冒頭に述べましたように世界貿易センタービルには多くの大手保険会社、再保険会社、国際ブローカーがオフィスを構えていました。メトロポリタン、ハートフォード、ケンパー、オールステート、スコア・グループ、AIG、マーシュ、エーオン...被害者にはこれらの会社のスタッフも多く含まれています。 

被害者に会われた皆様、そして、救助作業にあたっていた消防士他の方々のご冥福を祈ります。

以上

(注1)エクイティー商品: 米国では一般的にエクイティー商品と呼ばれる株式市場のアップダウンを利用した商品が近年多く販売されています。 エクイティー年金(Equity Indexed Annuities;EIAs)がその一例です。 仕組みは定額年金と変額年金が組み合わされたものと考えると分かり易い。 米国で始めて販売されたのは1995年で現在最も人気のある商品。 保険会社毎に補償内容に差がありますが、基本的には株式指数(Equity Index)が1%上昇するごとに、資産残高(Account Value)が0.9%(この割合は各社商品毎に異なる)上昇する。 言い替えれば、株式指数が10%アップすれば、資産残高が9%上昇する。 但し、指数が下降しても資産残高は保証されており減少しない。更に、殆どの商品には年間の上昇率に上限が設定されており、上昇率上限は通常年間15%です。 同様にエクイティー生命保険(Equity Indexed Life)があります。 上記の年金と同様に株式指標の上昇にともなって資産残高が上昇する。 通常S&P(スタンダード&プアーズ)の指標が使用される。

1. Clark, Ron. The Industry Responds (October 2001) http://www.loma.org/res-10-01-attack.htm
2. Resources for Policyholders and Beneficiaries, ACLI (October 2001) http://www.acli.com

〈参考資料〉
u インシュアランス・ジャーナル、10月5日オンライン
u NAIFA、9月26日オンライン
u ACLI、9月26日オンライン
u ナショナル・アンダーライター、9月20日オンライン
u リムラ、9月26日オンライン


 

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