米国リポート (2000年8月)

 医療サービスの安全性(その1)

見出し

日本でも肺がん患者を別の患者と取り違え、肺がんではない患者の肺の一部を切除したり、薬剤の過剰投与によって患者を死亡させたりといった医療過誤の記事を新聞に見つける。 昨年11月、 米国医学会(Institute of Medicine)によって発表された報告書、『人間はミスを犯すものである;医療システムの安全性を求めて』によると、医療過誤による死亡は年間4万4千人から9万8千人に上るとのことである。 高い方の数字については医学ジャーナルで議論されているが、医療過誤による死亡が乳癌(42,297人)、エイズ(16,516人)、自動車事故(43,458人)より多いのである。 今回は医療過誤の防止や医療サービスの安全性に取り組んでいる保険会社や企業グループ(このグループについての記事は以前同紙面でも取り上げた)の活動を紹介する。 

本文

 先ず簡単に米国の医療制度とその環境について触れておかねばならない。 米国では日本のような公的な健康保険制度は無い(一部の例外を除く)。 従って、医療保険は民間の保険会社に依存するか、HMOやPPOといった医療サービスのネットワークに加わるか、又は、自家保険という形をとる。 医療保険には個人で加入する個人保険と団体扱いで加入する団体保険があるが、大部分が、事業主によって提供される従業員福利厚生制度の一環としての、団体医療保険という形での加入である。

 米国の医療費は恒常的な上昇を続けているが、原因の一つが、医師賠償責任保険や医療施設賠償責任保険の医療過誤保険の保険料アップである。 医療過誤賠償責任保険を引受けているのも勿論、民間の保険会社である。 医療過誤賠償責任保険会社は、医療過誤によって障害を被った患者に対し、病院に替わって、賠償金を支払い、医療保険会社は、これらの過誤によって発生した合併症、余病、併発症の治療費を支払うことになる。 これらの過誤に起因する補償コストは170億ドルから290億ドルに上ると見積もられている。 この内の半分を占めるのが医療費で、残りは喪失所得、家事不能損害、就業不能損害である。 医療過誤は社会上重要な問題であることは勿論であるが、このように民間の保険会社にとっては、事業損益に莫大な影響を与えるものであり、医療サービスの安全性に取り組むことは必須の課題なのである。
 
保険会社の医療サービス安全対策

前述の米国医学会の報告書では、医療過誤の殆どがシステム上の欠陥により発生することが明らかにされている。 そして、早急な安全対策として、過誤防止のための安全システム構築、医療過誤が発生した場合の報告の義務などが挙げられている。 更に、患者の安全性のための国立センターの設立 − 例えば、連邦局によって設置された航空旅行者と労働者のための安全センターのように − や、5年以内に医療過誤を50%減少させるためのキャンペーン実施を求めている。  一方、医療過誤保険会社に対し、リスクマネジメント・プログラムについてのアドバイスを求める医者や病院も増加している。 医療サービスの安全性に取り組んでいる保険会社を幾つか紹介しよう。

〈MMI社(セントポール保険会社)〉

1970年代から医療過誤のリスクマネジメントに取り組んでいるのがMMI社である。MMI社はこの4月にセントポール保険会社に買収されたが、医療過誤賠償責任保険の引受会社として全米一位のシェアを誇る。 MMI(現セントポール)は10年前から航空業安全専門家、ジョン・ナンス氏を雇用し、航空業界から学ぼうとしている。 氏は、航空業界や医療業界など高リスクにさらされている業界では、互いの「コミュニケーション」「信頼」「敬意」そして、「チームワーク」が重要であると説いている。

同社は最近、HMO(健康維持機関(注))の一つ、アリーナ社の「安全性確立キャンペーン」ミーティングに参加した。 アリーナ社とは病院や診療室を有する医療プラン提供機関である。 ミーティングには同社150人の従業員、医者、経営陣が参加した。  最大のトピックスは、もし、過誤の疑いがある場合、看護婦やスタッフが医師の決定に対し恐れず問いただすことができるような環境をいかにして作るか、ということであった。 それはかって航空業界が直面した問題なのだ。 航空業界では操縦者やアテンダントは決してキャプテンの決定に疑問を投げかけない。  正に看護婦が手術室で医師に疑問を投げかけないのと同様である。 HMO(健康維持機関)の経営陣達が先ず、これらの問題について認識することが重要であると、MMI保険会社は考えている。

〈エトナ保険会社〉

米国最大の医療保険会社、エトナUSヘルスケア−は、1996年から年に2回「アカデミック・メディシン&管理医療フォーラム」を開催している。 これは、エトナ保険会社が中心となり、病院、健康維持機関、薬品会社など50団体の協賛によって開催されているものだ。 6月大会では医療過誤問題が議題として挙げられた。 講師には、前述の医学会リポートの著者の一人であるハーバード大学公共医療のリープ博士など医療過誤の専門家が招かれた。

 フォーラムでは、医師やスタッフのための危機管理トレーニングにおいて、シミュレーション(模擬実験)を採用することや薬物治療の際の携帯用コンピュータ使用が提案された。 日本でも最近0歳の乳児が抗生物質を過剰投与され、副作用で指が壊死し、5本の指をすべてを切断する手術をうけたという事件があった。 米国では薬物治療に起因する過誤による死亡だけで年間7,000人に上っている。

 エトナでは医師が携帯用のコンピュータを持ち歩き、薬の処方はインターネットを通じて行うように指導している。 医師がインプットした処方箋データは直接薬局や調剤室に送信される。 この小型コンピュータ(タッチ・スクリプト・パーソナル処方器)のソフトウェアには、同保険会社の保険で担保されている医薬品リスト情報も組み込まれている。 医師は、このコンピュータを通じて危険な薬剤についての情報や副作用についての情報を受取ることになる。 患者が摂っている薬の種類が多ければ多いほど、副作用の危険性が高いことから、6種類以上の薬を飲んでいる患者のリストを作成し、それを医師に送信している。 コンピュータによる処方箋データ管理によって、相当の医療過誤を防止することができるという多くの調査結果が出されている。

 又、エトナは、医療過誤をなくすには、医者や病院の自覚がもっとも重要だと考えている。 そのため、数年前から、医療サービスの品質改善に努めた医師に対し、金銭上の褒賞を提供している。

(その2に続く)


 

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