米国リポート (2000年8月)

 セクシュアル・ハラスメント(1)

見出し

最近、日本でもセクシュアル・ハラスメントの問題が新聞や雑誌で頻繁に取り上げられています。 全都道府県に設置されている労働省雇用均等室に寄せられたセクシュアル・ハラスメントに関する相談件数が、昨年は9、500件と過去最高となりました。 労働省が統計を取り始めた94年度と95年度は1千件に満たなかったのですが、 97年度には2千5百件、98年度には7千件と年々増加し続けています(「北米毎日新聞」より) 昨年4月にセクシュアル・ハラスメント防止規定を盛り込んだ改正男女雇用機会均等法が施行されたことも、被害者が泣き寝入りしなくなったことの原因でもあるのでしょう。

本文

米国カリフォルニア商工会議所の統計結果(1994年)によると、過去1年間にカリフォルニア州の事業主のなんと半分以上がセクシュアル・ハラスメントに関する苦情の申立てを受取っているということです。 セクシュアル・ハラスメントは、職場での女性人口の増加や異性間の交流が活発になるに伴い、増大してきた問題ですが、一般に注目されるようになったのは90年代の始めです。 1991年、米雇用機会均等委員会(EEOC)によって米公民権法に沿った性差別禁止ガイドラインが発布されて以来、セクシュアル・ハラスメント訴訟は増大しています。 90年代始め起きた「アニタ・ヒル対クラランス・トーマス」や「クリントン大統領とポーラ・ジョーンズ」など、政治の要職に就いている人達のスキャンダルも訴訟を増大させる原因として挙げられます。 更に、1993年11月、最高裁における「ハリス対フォークリフト・システムズ訴訟」の判決が増大に拍車をかけることになりました。同訴訟での判決は二つの意味で重要でした。訴訟について説明する前に、セクシュアル・ハラスメントの定義と種類について述べましょう。 

セクシュアル・ハラスメントとは

米雇用機会均等委員会(EEOC)はガイドラインのなかでセクシュアル・ハラスメントを次のように定義しています:

● 職場の上司、同僚などが雇用関係にからめて、被用者に対し、本人の望まない性的な誘惑、要求、接触、表現などを行うこと。

「雇用関係にからめて」というのは、

● それに服することが雇用条件の一部とされる
● それに服すること、または拒むことが、被用者個人に関わる雇用上の決定の理由とされる
● 性的嫌がらせが被用者の業務を不当に妨げ、または威圧的、敵対的、もしくは不快な職場環境をつくる目的や効果を有する

セクシュアル・ハラスメントは2種類あります。「対価」と「敵対的、不快な環境」です。

(1)対価、見返り

被用者が性的な要求や誘惑に服することが、雇用上の決定や条件に影響を与える。 例を上げます。

性的な要求に服従した場合:

● (受けるに値しない)高い業務査定評価を得る
● 給料のアップ
● 旅行やトレーニングの機会を与えられる
● 仕事量が減る
● 不当な昇進

性的な要求を拒否した場合:

● 不当に低い業務査定評価を受ける
● 給料のアップなし
● 仕事量が増える
● 移転させられる、辞めさせられる、降格させられる

(2) 敵対的、不快な環境

思慮分別のある一般人が 敵対的である、または、不快を覚える環境をいう。 具体例を上げると:

● 人の性や体つきついて軽蔑的な発言をする
● 性を連想させる、又は俗悪な発言をする
● 性を連想させる絵、写真、カレンダーを職場に掲示する
● 性的に挑発する方法で人に触ったり、性的行為を要求する
● 性に関わる冗談や発言をする

更に、セクシュアル・ハラスメントを認識する際に重要な概念に「自発的な行為」があります。 自発的な行為とは、もし、被用者が自発的に受け入れた場合でも、本人にとって認容できないことがあるということです。 例えば、ある従業員が自発的に上司と性的な関係を結んだとしましょう。 彼女は上司の誘いを断った場合の影響を恐れたため、上司の誘いを拒否することができず関係を結んだという可能性があるということです。

ハリス対フォークリフト・システムズ訴訟(以下"ハリス訴訟"とする)

ハリスさんはフォークリフト・システム社のマネジャーでした。 彼女の上司は彼女や他の女性社員に彼のズボンのポケットの中のコインをわざと取らせたり、卑猥な冗談を言って嫌がらせをしていました。 ハリスさんはとうとう耐えられず、会社を辞め、後にセクシュアル・ハラスメントを受けたことを理由に会社を訴えました。 下級審ではハリスさんの主張は退けられました。しかし上訴し、最高裁で判決は覆されました。 

ハリス訴訟が重要である2つの理由とは、 @最高裁での評決が陪審員全員一致による、しかも短時間の決定であったこと、そして、A"セクシュアル・ハラスメント"の定義が明確にされたという点です。 短時間での全員一致の評決というのは珍しく、特に、雇用に関わる訴訟では、保守的な雇用者側に有利な判決が行なわれることが多いのです。

評決について説明する前に、セクシュアル・ハラスメント訴訟の特異性、即ち、「民法の一般的な規則では、被害者が救済を受ける(勝訴する)ためには、"有形の害(Tangible Harm)"
が認められなければならないこと」を理解していなければなりません。

有形の害(Tangible Harm)の証明

ハリス訴訟以前のセクシュアル・ハラスメントの裁判に於いては、被害者に有形の害が認められる必要がありました。 つまり、発言や行為で、他人を困らせたり、不愉快にさせただけでは救済を求めることはできないのです。 被害者は明確な、有形の被害を被ったことを証明しなければなりません。 有形の害とは、経済上の損害や、精神科医や分析医の診断によって認められた精神上の障害です

下級審裁判所に於いては、ハリスさんは精神的な、又は、経済上の被害を証明しなかったことから主張は退けられました。 しかし、ハリスさんは上訴し、最高裁ではその判決が覆されました。 下級審で要求された有形の害の証明が取り除かれたのです。 即ち、精神医学の専門家の客観的な証言や、証明の必要性は無い、とされたのです。  

最高裁では:

職場が被害者にとって"敵対的な(Hostile)"環境であるか否かが問題であり、その判断は陪審員に判断に委ねられる。そして、@被害者であるハリスさんが職場環境を敵対的であると判断し、更に、A分別のある他者(陪審員)もまた、その環境を敵対的であると判断した、

ということで、ハリスさんは勝訴しました。

そしてこの判決が後の訴訟に与えた実際的な影響とはつぎのようなものです: 

@ 有形の害の証明が取り除かれたこと
A セクシュアル・ハラスメント訴訟についての新しい見方や考え方を裁判官に植え付けた
B 被害者やその弁護士が以前より積極的に訴訟にもちこむようになった
C 被害者の弁護士は今や、ハラスメント訴訟は、陪審審理までもちこむことができる可能性があるとみるようになった

(続く)

〈参考資料〉
● Gary Marx 「Sexual Harassment: A Danger To Associations」
● Barry S. Roberts & Richard A. Mann 「Sexual Harassment in the Workplace: A Primer」 





 

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