米国リポート (1999年9月)

● リスク・マネジャー

リスクマネジャーの役割は時代の環境によって変化していきます。

1980年代半ば、賠償責任保険に於いて、保険料の急騰、限度額の引下げ、自己負担額の増額、保険会社による市場からの撤退という状況が発生しました。 所謂、"賠償責任保険危機"です。 要因の一つに不法行為法に関わる様々な問題が挙げられます。 無過失責任への移行傾向、損害裁定額の上昇、医療過誤や生産物賠償責任分野での訴訟の増加などです。 それまで緩やかな伸びを見せていた代替リスク移転はこの時期急速に拡大しました。 リスクマネジャーは、自家保険、キャプティブ、リスク保有グループといったリスクマネジメント・プログラムを採用するため、再保険会社やブローカー/コンサルタント会社との交渉において経理やファイナンシングについて学ばなければなりませんでした。

1980年代後半、保険会社は代替リスク移転市場に移ってしまった顧客を保険に呼び戻すため、保険料引下げを余儀なくされました。 以来、ソフト・マーケット(注1)が続いています。 現在のソフトマーケットは永遠に終わらない、という人々がいます。 銀行や証券から業界に新しい資金が流入しつつあるからです。 しかし、ハード・マーケットに転換する分野や種目が現れないとは決して言えません。 特に料率競争によって、労災保険やD&O保険の利ざやは減少しつつあるといわれています。 更に、詐欺行為による訴訟の増加や支払損害額の上昇傾向も見られています。 又、コンピュータ2000年問題によるD&OやE&O(注2)保険の損害賠償が増大することも予想されています。

労災保険やD&O保険の保険料が上昇し始めれば、リスクマネジャーは再び代替リスク移転の選択を考慮しなければならなくなります。 常に変化する保険市場に対しリスクマネジャーは自身の運命を決定しなければなりません。 リスクマネジャーは常に変化に備える必要があるのです。

そして今

シティ・バンクとトラベラーズ、クレディー・スイスとウィンターツールの合併に見られるように、銀行と保険の統合が起こりつつあります。 合併は勿論、クロスセリングだけが目的ではありません。 新しい資源/資金と商品を創り出そうとしているのです。

これまで銀行は信用と市場リスクを取扱い、一方、保険会社は不慮のリスクを取扱ってきました。 両社はそれぞれのリスクを評価、査定、管理する専門知識を持っています。 そして、現在、統合により投資バンカーと保険アクチュアリーは新しいファイナンシャル商品を共同開発しようとしているのです。 財物、賠償責任、為替変動、利率変動、価格変動等すべてを統合したリスク対応のための、ファイナンシャル・リスクマネジメントを提供しようとしているのです。 例としては、既に、労災危険、賠償責任危険、外国為替リスクを組み合せた商品が作られています(注3)。

リスクマネジメントは急速に変化しています:

◎  リスクマネジャーは組織が直面するあらゆるリスクを総合的に観察することを要求されるようになるでしょう
◎ リスクマネジャーは、 CFOよってリスク管理の新しいアプローチを要求されています
◎ リスクマネジャーの責任は拡大します


リスクマネジャーの教育・トレーニング

1998年10月のリスクマネジメント・ラウンドテーブルに於いて、 先ず、リスクマネジメント環境が変化していることが指摘され、更に、 リスクマネジメントの教育とトレーニングに含める分野として次が挙げられました:

技術分野では、〈リスクの確認及び評価〉〈ロスコントロール〉〈クレームマネジメント〉、経営管理分野に於いては、〈コミュニケーション〉〈データ管理〉〈人材開発〉、ビジネス一般では、〈応用法律学〉〈応用ファイナンス〉〈応用経理〉〈応用統計学〉

米国では多くの大学や業界団体によってリスクマネジメントのコースが提供されています。 例を挙げましょう:

I.保険の基礎

リスク・ファイナンシング手法としての保険概観。 このコースでは火災保険、賠償責任保険に至るまで企業保険契約の基本的な仕組みを習います。

先ず、リスクマネジメントの手法と保険の概念として保険取引、保険会社とマーケティング、保険機能とサービス、保険契約を習います。 各種保険保険として財物保険(一般火災、ボイラー&機械、利益、海上、犯罪/盗難)と賠償責任保険(賠償リスク分析、一般賠償責任、生産物危険、クレームメイド対オカーレンス、自動車対人/対物、労災/使用者賠償責任、エクセス&アンブレラ、D&O、専門家職業賠償責任、環境保全、保証)


B.各種保険

(1) 財物保険:
(2) 賠償責任保険:

II. リスクマネジメント手法

リスクマネジメント過程、リスク管理、リスク査定、リスクコントロール、リスクファイナンシングの理論と実践を習います。

1. リスクマネジメント機能: リスクマネジメントの発展、組織内のリスクマネジメントの役割、リスクマネジメントの過程、'リスクコスト'の概念
2. リスク管理: リスクマネジメントの目的、リスクマネジメント部門の形成、コミュニケーション、保険会社/ブローカーの管理、保険プログラムの入札
3. リスク査定: リスク査定の要素、損害の種類、リスク確認の手法、損害危険の分析
4. ロスコントロール: 損害原因と制御の原則、ロスコントロールに携わる機関、巨大災害の予想、ロスコントロールの代替手法
5. リスクファイナンシング: 保険を基礎とする価格決定、保証コスト・プログラム、配当と保有プラン、遡及保険料算出、キャッシュ・フロー・プログラム、自家保険、キャプティブ

III. リスクファイナンシング: 手法と応用

リスクマネジメント機能の中でファイナンシングと経理(手法)は意思決定に於いての重要な要素となります。 これらをケーススタディーと討論会を通じて習います。
◎ 序論: リスクコスト、移転対保有、問題と解決
◎ 保険キャッシュ・フロー: 積立金払戻し、損害予想、キャッシュ・フロー分析
◎ 伝統的なリスクファイナンシング・プログラム: 遡及保険料算出プログラム、保険料支払プラン、ファイナイト
◎ リスクマネジメントの経理上の取扱
◎ 代替プログラムを評価するための分析手法: 正味価格の分析と複利の概念、保険料見積入札の比較、キャッシュ・フロー・プランの比較
◎ プログラム作成において考慮すべきこと: 固定費と可変コスト
◎ 保有レベルの分析: 保有の分析、コスト効果の分析
◎ 自家保険
◎ キャプティブ保険会社の設立と分析:キャプティブ、レンタ・キャプティブ、アソシエーション・キャプティブ、グループ・キャプティブ、リスク保有グループ
◎ ケーススタディーと討論会
◎ リスクファイナンシングの新手法: 統合プログラム、保険デリバティブ、CATボンド、セキュリタイゼーション

IV. リスクコントロール: 実践的応用

事故防止のための最新手法の実践的応用、例えば、'事故防止に関連するリスクマネジメント'、'安全推進戦略'、'安全プログラムの測定と評価'を学びます。

1. ロスコントロールとリスクマネジメント: リスクコントロールの定義、リスクマネジャーはロスコントロールをどのように捉えているか? リスクコントロールを指示することによるリスクマネジャーの能力の増進
2. 損害による実コストの算出: 損害による直接/間接コスト、損害コスト負担のための財務再考、安全性に対する企業の責任/施設の安全性管理、損害分析とリスク確認により、各担当者の責務と業務水準の見直し、損害傾向の分析、施設調査
3. 事故調査: 原因の調査と修正処置
4. 職場の安全性分析
5. ロスコントロールにおけるコミュニケーション: 社内における従業員トレーニングプログラムとミーティング、安全推進の動機づけ
6. 安全規則
7. クレームの処理と損害記録: 過去及び現在の損害記録データの使用
8. 産業衛生学、人間工学
9. 緊急事体対応プランニングにおける最近の動向

V.クレイムマネジメント

企業の直面する様々な事故の総合的な対応処理を学びます。

◎ クレイムマネジメントの目的: 労災保険と賠償責任保険概論、不法行為法改正
◎ クレイムコストの管理: 問題の確認、クレイム処理過程の評価、戦略の実践
◎ 損害前の対応: 保険プログラムの選択、クレイム・サービス担当者(外部)の選択、コスト分配プログラム
◎ クレイムの哲学: リスクに対する企業の姿勢、クレイムマネジメントに対する組織的な視点
◎ 管理責任: 経営者上層部の責任、従業員の参与
◎ クレイム処理過程の見直し: 基準設定、最終ゴール
◎ クレイム処理過程の実際: 基礎、コミュニケーション、
◎ クレイム対応処理: 報告書作成、弁護士の選択、 準備金設定、和解、訴訟管理、保険カバーの問題
◎ 損害後の対応: 報告書作成、調査、代位求償、医療/就業不能
◎ クレイム処理過程の監査: 整合性のチェック、クレイム・データの分析、資料の見直し、リスクマネジメント情報システム
◎ クレイム処理の完結: 和解、裁判
◎ 損害の回避: 損害原因の探索、安全対策部門との協力体制、リスクの除去

これらに(VI)労働災害の管理が加わった6つが一般コースになります。 特別コースとして(VII)リスクマネジメント・サバイバル戦略、(VIII)グローバル・リスクマネジメントと保険戦略、(IX)危機管理プランニングが用意されています。

サバイバル戦略では参加者の個々の経験と実務をについての発表と討論会を中心にしたケーススタディー形式をとります。 (VIII)では海外進出により企業/リスクマネジャーが直面する法的、社会的、政治的な問題対応について、(IX)のコースでは参加者はあらゆる種類に危機対応プランの開発と作成を習うことになります。


* * *

ベル・アトランティック社のリスクマネジャー、シーラ・スモール氏はAMベスト2月号の『代替マーケットの新しい展開』の中で次のように述べています:

"...毎年、リスクマネジメント部門は、リスクに対し、どのような対応処置を選択すべきか ― キャプティブを利用するか、或いは、一般の保険会社に付保するか ― の見直しを行なっています ....キャプティブはリスク・ファイナンシングの一手段です。 我々はその機能を常に見直し、評価しなければなりません、 一つ何かを行なったからといってそれで終わりというわけではありません..."と。

21世紀のリスクマネジャーの役割は、益々変化し続ける経済メカニズムの中で、恐ろしい程複雑で多面的になるでしょう。 しかし、遣り甲斐のある職務であることは間違いないようです。

以上


(注1) ソフト・マーケット= 保険料の引下げが起こり、高い限度額の保険カバーが得られ、新しい商品が開発される市場状況をいう。 一方、ハード・マーケットとは保険料が高額になったり、特定の業種や保険種目で保険引受が困難か、又は不可能になる状況である。 これらは保険料率と利益の上下で表されるアンダーライティング・サイクル(保険引受周期)によって一定期間生じる市場の状況である。 このような周期は金利、株式市場、保険業界への投資による資金の流入、インフレーション、巨大災害、そして競争によって作られる。
(注2) E&O= Errors & Omissionの略。 様々な職種の専門家職業賠償責任保険の総称。米国には100種類以上の専門家職業賠償責任保険が用意されている。
(注3) Peter Licht & Shyam Venkat "Convergence i◎ Risk: new opportunities, new challenges" Global Reinsurance、Vol.8,Issue 2, P.34

以上

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