米国リポート (1999年6月)

● 満期更改権

最初の訴訟に至るまで

    米国に保険エージェントが誕生したのは1795年、200年以上も前である。 ジョン・メイナード・デイビス氏がサウスカロライナ州チャールストン市のジョン・メイナード・デイビス氏がエージェントの初めであるといわれている。 当時は弁護士、 牧師、葬儀屋等が副業として保険販売に携わっていた。
   
    産業革命前まで、即ち、1800年代半ばまでは取扱う保険は火災と海上保険であり、 副業でもやっていくことができた。 しかし、 産業の発展と共に生まれた新種の損害保険、例えば、賠償責任保険や盗難保険は副業として取扱うには困難であった。 この時期保険業は専業となる。
   
    又、1800年代の半ばには、 保険会社が増え、エージェントも増えた。 州レベルで保険規制をつくる動きが生まれようとしていた。 保険料も手数料も各保険会社が自由に決定していた。 保険会社は、契約の所有権は独立エージェントではなく、 保険会社にあると主張していた。 又、保険会社による直販も行われていた。
   
    1800年代の終わり、 各地域でエージェントが集合し、地域及び州の協会をつくる運動が始まった。
   
    1896年9月30日、最初の全米規模のエージェント協会である "National Association of Local Fire Insurance Agents;NALFIA(全米火災保険エージェント協会)"がシカゴに設立された。 これが、"Independent Insurance Agent of America;IIAA(アメリカ独立保険エージェント協会)"の前身である。
   
エージェントと保険会社の関係は常に緊張関係にあった。 当時、エージェントにとって重要な問題は:

◎ 保険会社による直販
◎ 保険会社が同じ町/地域に複数のエージェントを任命することであった。

1899年、 設立して3年を待たずして、全米火災保険エージェント協会(NALFIA)は保険会社200社の直販を止めさせている。 これはエージェントの最初の勝利と言われている。

2番目の勝利が、1905年、エージェントによる満期更改権の獲得である。1904年、ニューヨーク上訴審裁判所でナショナル・ファイア保険会社(National Fire Insurance Co.)対スラード(Sullard)訴訟に於いて、満期更改権はエージェントの所有であるという判決が下された。

満期更改権所有について

19世紀の終わりから20世紀にかけて法律上結論が出ていなかった問題は、満期更改権の所有がどちらにあるか − 保険会社か、又は、独立エージェントか − ということであった。 満期更改権がどちらに所有されているかは保険契約者の決定に委ねられる、とオブザーバーの多くが信じていたが、 鍵は適正価格における公正な競争ということにあった。 即ち、もし、保険契約が同価格で契約者の前に差し出された場合、契約者はどちらに付くか−エージェントか保険会社か? 保険会社は所有権を主張していた。 エージェントの間で頻繁に議論の対象となっていた。

1903年、ベンジャミン E.スラード氏は、全米火災保険エージェント協会の2代目会長、クローディアス・ウッドワース氏宛に援助を求めて電報を送った。 ウッドワース氏はその時ハートフォードで行われていた協会の8回目大会に出席中であった。

ニューヨーク市ヨンカーズのアルバート K.シップマン氏(これが'ヨンカーズ訴訟'とも呼ばれる所以)はエージェンシーをスラード氏に売却した。 シップマン氏の取引していた保険会社の一つがナショナル・ファイヤー保険会社である。

スラード氏がナショナル・ファイヤー保険会社に委託契約の存続を申し出ると、同社はそれを拒否した。 保険会社は更に、シップマン氏から買取った保険証券のコピーとその他の関係書類を同社に引き渡すよう要求してきた。 保険会社はその時既に証券コピー及びその他の書類一式を受け取っていたにも関わらず、スラード氏の持っていたそれらの写し一式も会社側に引き渡すよう要求したのである。 スラード氏は引渡しを拒否した。

ナショナル・ファイヤー保険会社はスラード氏を訴えた; 訴状の中で、保険会社は、シップマン氏がスラード氏に与えた保険契約に関する全記録書類は保険会社の所有にある、と主張した。 会社は更に、スラード氏がシップマン氏の元契約者に対し、売り込みを行ったり、ナショナル・ファイヤー保険会社以外の保険会社の商品を勧めることを禁ずる命令を出すことを要求した。

電報を受け取った全米火災保険エージェント協会会長ウッドワース氏は、 これが独立エージェントの将来を左右する重要な訴訟になること、そして、生まれたばかりの、半人前のエージェント協会にとっての枢軸となるかも知れないと考えた。 協会の中では保守派であり、何らかの決定を行なう時にはいつでも保険会社の協力を仰いでいたウッドワース氏は建設的な方法をとった。 氏は丁度大会開催中に開かれる取締役会の議題としてそれを提出した。 その取締役会では、ナショナル・ファイヤー保険会社の経営者上層部と交渉を行なう為の3人のエージェントが選出された。

3人のエージェントとの話合いに於いて、会社側は一切の妥協を拒否した。 会社側が全面的に優位な立場にあると信じきっていた。 実際ニューヨーク最高裁判所は会社側に勝訴の判決を与えたのである。 更に、禁止命令/差止め命令(スラード氏がシップマン氏の元契約者にセールスの目的で接触することを禁止する命令)も出された。

全米火災保険エージェント協会の法制度委員会のメンバーであり、ニューヨーク州エージェント協会長でもあるエミットT. ロード氏が代表となり、多くのエージェントの支持を受けて上訴された。

協会がエージェントに配布したチラシは次にように始まる:

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火災保険エージェントの皆様へ

当協会は現在、全国のすべてのエージェントの利益に大きな影響を与える問題に取組んでいます......(略)... この決定(保険会社の勝訴)を容認すれば、エージェントが築き上げた契約に対する独占的権利と利益のすべてが保険会社に帰属してしまうことになります........(略)...当協会は上訴し、この訴訟費用を負担すべく多額の資金提供を行なうことをここに誓います
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そして、1904年10月、ニューヨーク上訴審裁判所は、前の決定を覆した。 National Fire Insurance Company v.Sullard、89 N.Y.S. 934; 97 App. Div.233:


"我々は、原告(保険会社)は満期更改契約者リストの所有者ではなく(not the owner of expiration)、又、占有権が与えられているわけではない(nor entitled to its possession)、更に、被告(エージェント)が満期更改契約者リストから引出した情報を合法に使用することを禁ずる権利も与えられていない、と判断する。

火災保険エージェントが複数の保険会社を代理するということは非常に一般的な慣習であるので、この点を明らかにしておかなければならない。 保険を購入しようとする消費者が、特定の保険会社を選択するということはめったに有り得ない。 この慣行に従って言えば、複数の保険会社を代理するエージェントの'ビジネス'と、保険会社の選択をエージェントに委ねている'契約者'の価値は十分に認識されるべきものであり、販売の対象となり得る、ということである。

シップマン氏は、元々(in the first place)原告の為に(for the plaintiff)自分自身の顧客(customers of his own)に保険をとりつけた。 被告(エージェント)がこれらの顧客に対して、どこの保険会社の商品を売り込もうと、それが顧客にとって適しているとエージェントが判断したのであれば、 原告が既存の契約から受けている利益を不適切な解約やその他の方法で奪おうとしない限りに於いて、 全く合法である"


ナショナル・ファイヤー保険会社はエージェントによる(同社への反発)キャンペーンの影響を恐れて、上訴しなかった。 エージェントは勝利を獲得した。 ヨンカーズ訴訟はエージェントの立場を承認したのである。 しかし、これが同様の訴訟にとって確実で有効な判例となったわけではなかった。 ただ、エージェントが防御を法律上の原則にまで高めていくことを助けるきっかけとなったのは明らかである。

ヨンカーズ判決の15年後においても、全米火災保険エージェント協会は判決を確実な判例とする為の運動を続けていた。 それは、1919年、ルイスビルで開催された協会の年次大会で、協会は次のような決議案に見られる:

"当協会は、損害保険の満期更改権は、それを付保したエージェントに属するという非常に基本的な原則を支持する。 従って、当協会の全メンバーは、その原則を破り、辞めるエージェンシーの満期更改権を取り上げた保険会社から、それらの顧客に売込みを行うべく満期更改リストを譲り受けることは差し控えようではないか"

即ち、保険会社は閉店するエージェンシーの契約取り上げ、他のエージェンシーに譲たわけです。 協会は、従って、メンバーに自主規制を求めたわけである、そのような契約リストを譲受けないようにと。

それでも直、ヨンカーズ訴訟が、委託契約が解約された時に満期更改権はエージェントに帰属するという概念の'要'となったことは疑いない。

ヨンカーズ訴訟の費用として、ニューヨーク州オリンのW.H.マンデビル氏が資金を募った。 上訴費用は$464.35であったと氏は報告している。 そして氏がエージェントから募った資金合計は$600を少し超えた数字であった。 ちなみに当時のホテルの宿泊費用が一日に付き$1.50です。 これは、独立エージェントの利益と権限を護るべく、自発的な募金活動によって支えた初めての法的手段(訴訟)であった。

エージェンシー委託契約書−例

二つの保険会社の委託契約書を引用する:

(1)    グレートアメリカン保険会社

VII.    契約書の終了

4. この委託契約が有効である間は、エージェント及び保険会社両者が、保険契約満期更改権と記録書類の権利を有する(have rights in the expirations and records of the policies)。 この委託契約書が終了した時、エージェントが滞りなく保険料収支会計報告をしており、 保険会社に対し保険料の支払を行なっていた場合、エージェントの記録及び、満期更改権の使用及び管理に対する所有権(Agent's records and use control of expirations)は継続され、専有となり(continue and become exclusive)、保険会社のそれらの記録、使用、管理に対する権利(the interest of the Company in such records and use and control of expirations)はその時終了する。 エージェントが、保険会社への支払義務を履行しなかった場合、当該保険会社に付保したビジネスの記録、満期更改権の使用と管理に対する権利は終了し、それらの記録と満期更改権に対する保険会社の権利が継続し、専有となる。

(2)    ファイアマンズ・ファンド保険会社

C.貴社の権利と当社の権利

この契約書は、他保険会社の代理を行う貴社の権利を制限するものではない。

独立請負業者として、貴社はこの契約書に定められた権限を行使する権利を有する。

貴社の記録文書と満期更改権は貴社の資産である(Your records and expirations are your property)。 しかし、当社は引受けた保険契約に関する記録文書にアクセスし、監査することができる。

当社は貴社が許可しない限り、貴社の顧客に他の保険商品を販売する目的で、貴社の記録文書を利用しない。 しかし、この委託契約が終了した時、もし、貴社が保険料収支会計報告をしていなかったり、 当社に支払うべき保険料を精算していなかった場合には、貴社は記録書類に対する権限を失い(lose the right to your records)、満期更改権を含めたそれらの記録書類は当社の資産となる(your records, including expirations, become our property)。 貴社がその他の保証を提供しない限り、貴社の当社に対する負債分の範囲まで(to the extent of your obligation)、当社がそれら記録文書と満期更改権の使用及び管理に対する専有の権利を取得する(have the sole right to use and control them)。

もし、貴社の債務不履行により、当社が満期更改権の管理を引受けることになった場合には、当社は:

n     それら満期更改契約の保険手数料を当社で保持し、貴社の負債分に充当させる、 或いは、
n     これらの満期更改権を他のエージェント又はブローカーに売却する

どちらの方法をもってしても、もし、当社に対する負債を支払いきれない場合、貴社は未払分に対する責任を負うことになる。 もし、当社の回収した金額が負債額を超える場合には、当社の経費を差引き、残額を貴社に支払うこととする。

当社が提供した申込書、保険証券、書式、その他の用紙は常に当社の資産とする。

当社の社名やロゴを使用した広告を作成する場合、当社の書面での同意を得た上でそれを行なう。

貴社の経費は、当社の書面での同意を得た上で、当社負担とすることができる。

.......(略).......


注記

* 両方に共通している点は、委託契約終了の際、エージェントが滞りなく保険料の支払を行なっている限り、満期更改権はエージェントの専有の権利となる、ということである
* ファイアマンズ・ファンド保険会社の委託契約書には'エージェントの資産'であることが明記されている。 一方、グレート・アメリカンの場合、委託契約が有効である間は満期更改権は両者に帰属するとされている
* 全米に3,000の保険会社がある。 3,000種類の委託契約書が存在するとは言わないが、相当数の異なった委託契約書があることは確かである。 満期更改権については、ファイアマンズ・ファンドのように、'委託契約が有効である間'や'終了後'に如何を問わず'エージェントの資産である'と明示しているものと、終了後にエージェンシーが債務不履行でない限り、エージェントにある、とするものが一般的である。 IIAA(全米独立エージェント協会)では'委託契約の有効期間中も満期更改権がエージェントに帰属する'という条文に変更するように保険会社に働きかけ、エージェントがそのように保険会社と交渉することを勧めている

最近の訴訟について言えば、保険会社に対するエージェンシーの訴訟がある(拙著「ブローカーの実務」の45頁参照); フォアモースト保険会社はファーム・サービス・エージェンシーの満期更改リストを横領し、直接販売活動を行なった。 ファーム・サービス・エージェンシーは保険会社を訴え、同保険会社は870万ドルの支払を命じられた。


以上

参考資料:

-  「The History of National Association of Insurance Agent」 by Walter H. Bennett, The National Underwriter Company, 1955
-  「Insurance Agency Purchases and Mergers」 by Robert M. Morrison/David A. Bakst, Insurance Press, 1969


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